「黄漠奇聞」(稲垣足穂)①

その後、王はどう変容したか?

「黄漠奇聞」(稲垣足穂)
(「一千一秒物語」)新潮文庫

「一千一秒物語」新潮文庫

「黄漠奇聞」(稲垣足穂)
(「日本文学100年の名作第1巻」)
 新潮文庫

「日本文学100年の名作第1巻」新潮文庫

バブルクンドを制圧した王は、
神々の都にまねて
砂漠に大理石の
壮大な都市を建設する。
ある日、都の空に浮かんだ
三日月を見て、
国の旗印に使った月より
美しいことに王は激怒する。
王は三日月を討ち取るよう
部下に命じるが…。

稲垣足穂(たるほ)の代表作にして奇作。
一読するとアラビアン・ナイトのような
印象を受けるはずです。
久しぶりに再読しましたが、
読み進めると、広大な砂漠と
漆黒の闇から降り注ぐ月の光、
それによって照らし出される
大理石の街並みが、眼前に
浮かび上がってくるかのようです。

さて、本作品は
1~17の章立てが成されており、
前半1~5、後半7~17、
その転換点が6という
構成になっています。

前半部1~5では、
王は巧妙な作戦と兵力・科学力で
王都バブルクンドを制圧します。
その考え方は極めて現実的であり、
占星術や神々への信仰など
非科学的なものをすべて
否定したところから出発しています。
神の存在など毛ほども
信じていない様子がその言動から
うかがい知ることができるのです。
王は国内で星を祭る習慣を
止めさせます。

ところが転換点6では、その王が、
自らの力に疑念を抱くのです。
「こんな調子で
 物事が運ぶものだろうか?
 ここへきてから、
 すべてのはこびが尋常でない。
 運とはいったい何だ?
 何事を指すのであろう?」

その後、王はどう変容したか?

星々を敬うどころか、三日月を
その手に入れようと願うのです。
はじめは天空の三日月の美しさに
負けぬものを城の櫓の上に
押し立てろという命令を下しました。
球体の月ならいざ知らず、
「八方から眺めうる三日月」とは
どのようなものなのか?
合理主義者だった王が、
ここでは現実を直視できなく
なっているのです。

やはり王は狂っていたのでしょう。
一月に一度、三日月が訪れる度に
人造三日月の製作を命じられた者が
処刑され、王都は恐怖に包まれます。
やがて王は自らが先頭に立ち、
三日月討伐の一軍を率いて、
西の空の果てを目指します。

created by Rinker
¥54 (2024/04/25 11:15:43時点 Amazon調べ-詳細)
今日のオススメ!

以前私は、ここから導かれる
「教訓」について考えていました。
神を信じぬ者には天罰が下る?
合理主義者も最終的には
現実が分からなくなる?
しかし、文学から
「教訓」を見いだすような読み方は
楽しくないことに気付きました。

他の作品を読む限り、
足穂は読み手に何かを訴えようという
気持ちは薄いのではないかと
思われるのです。
明治の文壇にあって
エンターテインメントに徹底した、
数少ない作家の一人だったのでは
ないかと思うのです。

砂下に沈んだバブルクンドの王都同様、
残念ながら足穂の多くの作品は
現在埋もれたままです。
文庫本に限ると
新潮文庫からはこの一冊のみ、
あとはちくま文庫の一冊、
河出文庫の三冊が
流通しているのみです。
遺された作品を、
十分に味わいましょう。

〔「一千一秒物語」収録作品〕
一千一秒物語
黄漠奇聞
チョコレット
天体嗜好症
星を売る店
弥勒
彼等
美のはかなさ
A感覚とV感覚

〔「日本文学100年の名作第1巻」〕
1915|父親 荒畑寒村
1916|寒山拾得 森鷗外
1918|指紋 佐藤春夫
1918|小さな王国 谷崎潤一郎
1919|ある職工の手記 宮地嘉六
1921|妙な話 芥川龍之介
1921| 内田百閒
1921|象やの粂さん 長谷川如是閑
1922|夢見る部屋 宇野浩二
1923|黄漠奇聞 稲垣足穂
1923|二銭銅貨 江戸川乱歩

(2019.11.18)

Gerhard GellingerによるPixabayからの画像

【稲垣足穂の本はいかがですか】

【今日のさらにお薦め3作品】

【こんな本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA